APV(調整現在価値)法とは?DCF法との違いや算定方法を解説
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Index
- この記事でわかること
- はじめに
- 1.APV(Adjusted Present Value:調整現在価値)法とは
- ①特徴
- ②主に用いるシーン
- ③メリット・デメリット
- 2.APV法を用いた企業価値評価
- ①手順1.フリーキャッシュフローを算定する
- ②手順2.フリーキャッシュフローにアンレバード株主資本コストを用いて割引き、無負債事業価値を算定する
- ③手順3.負債の支払利息を算定する
- ④手順4.負債の節税効果を算定し、無負債事業価値に加算する
- ⑤手順5.評価時点の非事業資産を加算する
- 3.APV法を用いるときのポイント
- ①評価対象はAPV法の採用が適しているか確認する
- ②負債の返済にかかる財源は確保された計画となっているかを確認する
- ③負債の調達・返済計画を作成する
- まとめ
- おわりに
この記事でわかること
- APV法とはどういう手法なのか
- 実際にAPV法を使用した企業価値の算定方法
- APV法を採用する場合のポイントについて
はじめに
APV法とは、企業価値評価を行う際の手法の一つです。
M&A(買収)関連業務に従事し始めた方で、APV法を採用する場面が分からないという方も多くいるのではないかと思います。
APV法は、DCF法(エンタープライズDCF法)と比較しても採用される場面は、それほど多くはありません。
この記事では、監査法人で10年実務につき、多くの企業買収の場面を見てきた私が、APV法について、実例も用いながら分かりやすく解説を行います。
1.APV(Adjusted Present Value:調整現在価値)法とは
APV法とは、無負債の事業価値と負債の節税効果の現在価値を加算して、事業価値(EV)を求める方法です。無負債の事業価値は、将来得られるであろうフリーキャッシュフロー(FCF)を、アンレバード資本コスト(有利子負債をゼロと仮定した場合の株主資本コスト)で割引いて求めます。
APV法の前提には、ファイナンス理論の中核となるモジリアーニ=ミラーの理論があります。モジリアーニ=ミラーの理論とは、税金の存在がない場合、企業価値は資本構成にかかわらず、一定であるというものです。
しかし、現実は税金が存在します。株主への分配額は税引後の利益から支払われるのに対して、負債への分配額、すなわち利息は、税金計算上、損金参入されるため、負債利用がない場合と比較して、法人税の負担を軽減する効果があります。
そのため、法人税が存在する場合、負債を利用している企業の価値は、そうでない企業に比べると、負債の節税効果部分だけ高くなります。
APV法は、この前提に基づいています。
APV法はインカムアプローチでの企業価値評価手法です。そのため、DCF法とよく比較がなされます。以下では、DCF法とどのような点が異なるのかを見ながら、APV法の特徴やメリット・デメリットをご紹介します。
①特徴
APV法の特徴は、資本構成の違いが企業価値に与える影響を、割引率に反映するのではなく、節税効果として反映する点にあります。
DCF法では、フリーキャッシュフローに、加重平均資本コスト(WACC)を適用します。加重平均資本コスト(WACC)は、株主資本コストと負債資本コストを一定の比率で加重平均しますが、これには、負債の節税効果が全期間を通じて一定という仮定があります。
株主資本と負債資本の比率が評価期間を通じて一定というのは、負債資本は返済があることから、通常はありえません。そのため、資本構成が大きく変動した際に、その影響を反映できないというデメリットがあります。
一方、APV法を用いれば、負債資本の構成の変動に関しても手当をすることができます。
②主に用いるシーン
APV法は、負債による資本構成の変動が大きい企業の評価を行う際に主に用いられます。
代表的なものが、レバレッジバイアウト(LBO)を用いる場合です。
LBOとは、買収先のキャッシュフローを担保に負債を調達し、買収することです。買収時は、負債の依存度がきわめて高くなり、その後事業が進むにつれて、負債の返済が行われます。そのため、資本構成は段階的に変化するという特徴があります。
その他、破綻した企業も負債の利用が大きいため、APV法を用いて採用されることがあります。
DCF法は、負債の利用額に大きな変動がない場合に適していると言えるでしょう。
③メリット・デメリット
APV法を採用することのメリットは、企業価値を見積もる評価期間の資本構成の変動を企業価値に反映できる点です。
資本構成の変動によって、負債から発生する支払利息に対する節税効果を時点ごとに反映させることができます。
一方、APV法を採用することのデメリットは、有利子負債の財務リスクを加味できないことです。DCF法で用いるWACCでは、財務リスクを加味して算定されていますが、APV法では加味されていません。
企業は、有利子負債の返済に行き詰まってしまうと倒産します。
そのため、APV法を採用する場合は、借入金の返済額がフリーキャッシュフローの範囲に収まっているかを確認する必要があります。
また、負債の変動に関しても見積を行う必要があるため、工数が増えるという点もデメリットとして挙げられます。
2.APV法を用いた企業価値評価
APV法を用いた企業価値の算定方法の大まかな流れは、以下のとおりです。
①手順1.フリーキャッシュフローを算定する
②手順2.フリーキャッシュフローにアンレバード株主資本コストを用いて割引き、無負債事業価値を算定する
③手順3.負債の支払利息を算定する
④手順4.負債の節税効果を算定し、無負債事業価値に加算する
⑤手順5.評価時点の非事業資産を加算する
順を追って確認していきます。
①手順1.フリーキャッシュフローを算定する
フリーキャッシュフローは以下の算定式で算出します。
FCFの算定式 |
---|
FCF=税引後営業利益+減価償却±運転資本増減額ー設備投資額 |
この計算式は、DCF法でフリーキャッシュフローを算定するときと同じものです。フリーキャッシュフローの詳細な算定方法は、以下の記事を参照ください。
https://knowhows.jp/content/3/28/247
②手順2.フリーキャッシュフローにアンレバード株主資本コストを用いて割引き、無負債事業価値を算定する
アンレバード資本コストとは、企業の有利子負債がゼロであると仮定した場合の株主資本コストを言います。
企業が負債を利用していない場合、負債が返済できないという財務リスクからは解放されています。財務リスクから解放されて、株主が期待するリターンのみの株主資本コストになることが特徴です。
アンレバード資本コストの率を用いて、フリーキャッシュフローの割引計算を行います。
割引計算の方法はDCF法の割引計算と同様です。
3年間に1,000のフリーキャッシュフローを獲得し、アンレバード資本コストが10%であれば、以下の計算式になります。
1年目 | 2年目 | 3年目 | 合計 | |
---|---|---|---|---|
フリーキャッシュフロー | 1,000 | 1,000 | 1,000 | |
アンレバード資本コスト | 10% | 10% | 10% | |
計算式 | 1,000÷(1+0.1) | 1,000÷(1+0.1)^2 | 1,000÷(1+0.1)^3 | |
割引後フリーキャッシュフロー | 909 | 826 | 751 | 2,486 |
③手順3.負債の支払利息を算定する
次に負債の支払利息を算定します。
負債の支払利息は、評価年度の負債の調達及び返済を加味し、残高に対して利率を乗じることで算定します。
1年目 | 2年目 | 3年目 | |
---|---|---|---|
負債残高 | 2,500 | 2,000 | 1,500 |
利率 | 4% | 4% | 4% |
支払利息 | 100 | 80 | 60 |
④手順4.負債の節税効果を算定し、無負債事業価値に加算する
負債の節税効果は、支払利息に税率を乗じて算定した負債の節税効果を、予想調達金利で割引くことで算定します。
先ほど算定した利息に対して、想定する税率が20%、予想調達金利が5%だった場合は、以下の通りです。
1年目 | 2年目 | 3年目 | 合計 | |
---|---|---|---|---|
支払利息 | 100 | 80 | 60 | |
税率 | 20% | 20% | 20% | |
予想調達金利 | 5% | 5% | 5% | |
計算式 | 100×0.2÷(1+0.05) | 80×0.2÷(1+0.05)^2 | 60×0.2÷(1+0.05)^3 | |
節税効果 | 19 | 14 | 10 | 43 |
負債の節税効果を算定したら、手順②で算出した無負債事業価値に加算をして、事業価値(EV)を求めます。
- (無負債事業価値)2,486+(節税効果)43=(事業価値)2,529
⑤手順5.評価時点の非事業資産を加算する
事業価値(EV)を算定したら、最後に評価時点の非事業資産を加算すれば企業価値が算定できます。
非事業資産とは、フリーキャッシュフローの獲得に貢献しない資産で、かつその処分につき、事業上の制約がない資産を非事業資産と言います。具体的には、余剰資産や遊休固定資産等です。
余剰資産とは、例えば、運転資金とは別に運用している定期預金等が挙げられます。運転資金として確保していない定期預金は、フリーキャッシュフローの獲得には、何ら貢献していません。企業としても自由に処分することができます。
一方、運転資本として確保している普通預金は、それを事業に投下することでフリーキャッシュフローを稼ぎ出すことから、非事業資産とはカウントされません。
また、遊休固定資産とは、企業が保有している固定資産であるが、何らかの理由で事業に供給されていない固定資産になります。
例えば、閉鎖してしまった工場の建物や土地といった固定資産等が該当します。
これら、余剰資産や遊休固定資産等は、将来のフリーキャッシュフロー獲得には貢献をしないため、無負債事業価値の算定には加味されていません。
しかし、企業が保有している資産になりますので、企業価値を算定する場合は評価時点の時価で加算します。
仮に非事業資産の時価が500だとした場合、以下の通りとなります。
- (事業価値)2,529+(非事業資産)500=(企業価値)3,029
3.APV法を用いるときのポイント
ここまでAPV法の特徴、メリットデメリット、算定方法等を確認してきました。
実際にAPV法を用いて企業価値評価を行う際のポイントは、以下の通りです。
①評価対象はAPV法の採用が適しているか確認する
まずは、評価対象企業がAPV法に適しているかを確認しましょう。
APV法が適しているのは、企業価値評価期間において、資本構成が段階的に変動していく企業です。
資本構成が段階的に変動していく兆候は、過去5年程度の貸借対照表を見ると気づく場合があります。また、買収手段で負債を用いた買収手法を採用しようとする場合にも、資本構成が段階的に変動することが予想されます。
APV法は、LBOによって買収する場合や破綻企業の場合が一般的ですが、その他の場合でも負債での調達が多く、資本構成が段階的に変化するような企業であれば、採用が適していると言えるでしょう。
たとえば経営陣が株主から株式を買い取って買収する、いわゆるマネジメントバイアウト(MBO)といったときに利用されたケースもあります。
②負債の返済にかかる財源は確保された計画となっているかを確認する
APV法では、負債残高が段階的に変化していくことを想定しています。また、その段階的な変化に基づき、支払利息の節税効果を見込みます。
そのため、時点ごとの負債の残高を算定していきます。時点ごとの負債残高をみつもるには、調達や返済を加味します。
負債の返済は、フリーキャッシュフローと余剰資産を財源ですので、負債の返済がこれらの残高よりも低く、実行可能なものであるかは検討する必要があります。実行が不可能な計画である場合、その計画は不合理ですので、再度検討し直さなければいけません。
③負債の調達・返済計画を作成する
DCF法では、負債の調達・返済計画といったものは作成する必要はありませんでした。
しかし、APV法では、支払利息の節税効果を企業価値に織り込むため、算定前に負債の調達・返済計画も作成する必要があります。
一手間加わりますが、適切な企業価値を算定するためには、避けては通れない道だということを認識していただければと思います。
まとめ
- APV法とは、フリーキャッシュフローは無負債の企業価値として割引き、その上で負債の節税効果をオンすることで算定する方法
- 資本構成が段階的に変化していく企業の評価に最適
- 負債の返済は合理的な計画に基づいているかの検証は必須
おわりに
APV法は、DCF法と比較をしても、あまりメジャーではないやり方です。
実際に適合する企業も限定的である点も本記事にて紹介しました。
しかし、APV法はDCF法の弱点を補完する手法でもあります。両者を学ぶことで、それぞれの強み弱みが明らかにできるでしょう。
企業価値評価の実務を担う方の参考になれば幸いです。
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