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この記事でわかること

  • マルチプル法の内容、適用手順
  • マルチプル法のメリット、デメリット
  • マルチプル法適用時のポイント
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はじめに

マルチプルとは、経営の場面では倍率と訳される言葉で、企業価値評価の手法のひとつであるマルチプル法に用いられる指標です。

代表的なもので言えば、株価収益率(PER)、株価純資産倍率(PBR)、株価売上高倍率(PSR)などがあり、これらは株式時価総額を基準としたマルチプルです。また、事業価値(EV)を基準としたEV/EBITDA倍率などもマルチプルとして使用されます。

企業価値評価を日常的に行っている現場では、このようなマルチプルを適切に選択することによって、複雑な計算を経ることなく企業価値を算定しています。

専門的な職種に限らず、会社の価値がいくらになるのか、大雑把でいいからサクっと知りたい、という場面に遭遇したことはないでしょうか。

M&Aイグジットを目指すベンチャー/スタートアップ企業の経営者、事業承継を考えている中小企業のオーナー等の方々だけではありません。公認会計士・弁護士・コンサル担当者等の方々も、クライアントから自社の企業価値について意見を求められた際にレスポンスよく回答できたら信頼感も生まれます。

とはいえ、上場会社でなければ市場価格は形成されておらず簡単には企業価値はわかりません。企業価値算定の代表的手法であるDCF法で評価しようとすると、将来キャッシュ・フローの見積りや資本コストの推計のために、高度に専門的な知識と計算プロセスの理解が求められます。

この記事では、そういった複雑な内容は抜きに、簡便的に企業価値を算定できるマルチプル法について紹介します。

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1.マルチプル法とは

マルチプル法とは、類似上場企業の事業価値(EV)や株価などの数値を用いたマルチプルから、対象企業の企業価値を算定する方法を言います。マーケット・アプローチに属する企業価値評価手法です。

その根本には、「同じ価値を有する資産は同じ価格で取引されるべきである」という考え方があります。仮にビジネスモデルも企業規模も、何もかもが瓜二つの企業があったとすれば、同じ企業価値でなければおかしいということです。

現実には全く同じ会社ということはあり得ませんが、類似する2社について仮に片方の価値が分かっていれば、もう片方は客観的な評価額が無くとも、ある種の掛目によって評価額を算定できるでしょう。

例えば土地の評価額を推定する場合で近隣の取引事例があるときは、その物件と比べて立地や間口がどうか、面積の大小がどうかといった点から増価率や減価率を考慮して概算するのは至極自然な発想です。

マルチプル法も発想は同じで、基本的な計算式は次のようになります。

マルチプル法の基本的な計算式
事業価値(または株式価値)=評価対象企業の財務数値×適用マルチプル(*1)
*1 適用マルチプル=類似上場企業の事業価値(または株式価値)÷類似上場企業の財務数値

求める値が事業価値になるか株式価値になるかは、適用マルチプルに用いる指標の種類によって決まります。

すなわち、適用マルチプルが事業価値を元にしている場合と株式価値を元にしている場合がありますが、前者の場合は事業価値/財務数値で計算されるため、評価対象企業の財務数値を乗じて計算される値は事業価値を表していることになります。後者についても同様です。

また、企業価値及び事業価値(EV)・株式価値の関係については、以下の定義を前提にしています。

企業価値及び事業価値(EV)・株式価値の関係
企業価値=事業価値(EV)+非事業価値=株式価値+有利子負債

このように、「類似上場企業の事業価値(または株式価値)が財務数値の◯倍になつている。そうであれば、対象企業の財務数値の◯倍が対象企業の事業価値(または株式価値)になるはずだ。」というのがマルチプル法のロジックです。

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2.マルチプル法に用いる主な指標

マルチプル法で用いる主な指標(マルチプル)は、事業価値(EV)を元にした指標と株式価値を元にした指標に大別されます。それぞれどのようなものがあるのか、ここで整理します。

①事業価値(EV)を元にした指標

・EV/EBIT倍率

EV/EBIT倍率は、事業価値(EV)をEBIT(Earnings Before Interest and Taxes:金利税金差引前利益)で割って算出される指標です。

事業価値(EV)は、企業価値から非事業価値を差引くことにより、または、企業価値は株式価値+有利子負債で構成されるため、株式価値+有利子負債から非事業価値を差引くことにより算定されます。

EBITの計算式は、税引前当期純利益+支払利息−受取利息」です。EBITは財務戦略の違いによる影響を取り除くことにより、企業の本業に由来する収益力を表しています。

したがって、EV/EBIT倍率は、事業価値(EV)が財務収支を除いた本業の収益力の何倍であるかを示します。

・EV/EBITDA倍率

EV/EBITDAマルチプルは、事業価値がEBITDA(Earnings Before Interest Taxes Depreciation and Amortization:償却前営業利益)の何倍かを示しています。

EBITDAの計算式は、営業利益+減価償却費(原価・販管費・営業外損益全て)+のれん償却費です(ただし、日本の会計基準に限る)。

また、減価償却の方法は採用する会計基準によって異なります。日本基準、米国基準、国際会計基準など採用している会計基準が選定した類似会社同士で異なる場合は、EBITDAを用いることが適切です。

EBITDAは、本業でのキャッシュ・フロー生成能力を簡便的に示す指標として広く利用されている指標でもあります。

②株式価値を元にした指標

・PER

PERは「Price Earnings Ratio」の略です。算式は「株式時価総額/当期純利益 または株価/1株あたり当期純利益」となります。すなわち、PERは株式価値が当期純利益の何倍になっているかを示しています。

投資ファンドなどは、個人投資家がPERを用いて評価する場合が多いことから、個人投資家比率が高くなる新規上場案件の評価においてPERを重視する傾向にあります。

・PBR

PBRはPrice Book-value Ratioの略です。PBRは「株式時価総額/純資産(あるいは株価/1株あたり純資産)」という計算式となり、株式時価総額が純資産の何倍かを示します。

PBRが1倍であれば株式時価総額産と純資産額が帳簿上は同水準ということになります。PBRが小さいほど株価が割安であると言えます。

しかし、PBRの結果から割安と判定されたといっても、ハイリスクを内包した結果である場合もありますので注意が必要です。

・PSR

PSRはPrice to Sales Ratioの略です。一般的には株価売上高倍率と訳され、株式時価総額を年間の売上高で除した指標です。年間売上高に対して株式時価総額が何倍かを示す指標です。

PSRは、PERやPBRが使えない企業(赤字計上企業や債務超過企業)に対して使われるのが一般的となっています。ベンチャー企業などの新興成長企業によく用いられるのがPSRといえるでしょう。

①、②の利益指標を見ると、事業価値(EV)に対してはEBIT,EBITDAが対応し、株式価値(または株価)に対しては当期純利益(または1株当たり当期純利益)が対応します。

この点を少し深堀りすると、①のEBITまたはEBITDAはいずれも「利息及び配当金支払前」の利益となります。そのため、①は債権者、株主双方に帰属する指標であると言えます。したがって、事業全体の価値を表すEVが対応することになるのです。

他方、当期純利益は利息支払後、配当金支払前となるため、株主に帰属する価値を表す株式価値(または株価)が対応することとなります。

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3.マルチプル法を用いた企業価値・事業価値(EV)・株式価値の算定方法

続いて、マルチプル法を用いた企業価値・事業価値(EV)・株式価値の算定方法をご紹介します。

大まかな算定手順は、以下のとおりです。

①手順1.類似上場企業の選定

②手順2.類似上場会社の財務数値の選定

③手順3.類似上場会社の倍率(適用マルチプル)の算定

④手順4.評価対象企業の財務数値へのマルチプルの適用

⑤手順5.その他の調整

順に詳しく解説します。

①手順1.類似上場企業の選定

類似上場企業を選定する際の類似性の判断基準として、通常以下のような項目が採用されています。

  • 業界
  • 取扱製品、サービス
  • 許認可
  • 事業規
  • 成長性、新規性、成熟度
  • 収益性
  • 地域性
  • 事業戦略

上記すべての類似性を同時に満たす企業が見つかることは稀であり、ある程度類似性を持つ企業を複数選定するのが通常です。

②手順2.類似上場会社の財務数値の選定

マルチプル(倍率)算定に用いる財務数値は様々なものがありますが、前述の通りⅰ.事業価値(EV)を元にしている場合と、ⅱ.株式価値を元にしている場合の2通りに分類されます。

どちらを選択するかは、情報入手の容易さを考慮して株式価値の方を選択する場合もありますが、企業が財務戦略上採用している資本構成や、それに伴う財務関連損益等の非事業・非経常損益の影響を受けてしまうのは望ましくないことから、事業価値(EV)を元にする財務数値を用いることが多くなっています。

また、採用する財務数値は、過去実績の数値を用いることで十分でしょうか。この点については、実績を重視する立場もありますが、投資家は将来収益の増加を期待して投資することとの整合性から、長期経営計画等を反映した業績予想を用いることが望ましいと考えられます。

③手順3.類似上場会社の倍率(適用マルチプル)の算定

・事業価値(EV)を元にしている場合

事業価値(EV)を元にしている場合には、EV/EBITDA倍率もしくはEV/EBIT倍率が用いられます。

EBITDAは事業から稼得された利益に減価償却費を加算するため、キャッシュ・フローに類似した概念であるとともに、企業が採用する減価償却方法の差異による影響を受けません。

そのことから収益性の企業間比較に適しており、実務上はEV/EBITDA倍率が主に用いられています。

・株式価値を元にしている場合

株式価値を元にしている場合には、PER、PBR等が用いられます。

PERはフローの面、PBRはストックの面から見て、その株式が割安か割高かを判断する目安となるものです。投資家の関心は一般的に成長性や収益性のフローの面にありますので、実務上は主にPERが用いられています。

④手順4.評価対象企業の財務数値へのマルチプルの適用

③で算定した類似上場企業の倍率(適用マルチプル)を評価対象企業の財務指標に乗ずることにより、評価対象企業の事業価値(EV)又は株式価値を算定することになります。

また、事業価値(EV)を算定した場合、これを基礎に株式価値を推定しますが、その際は以下の算式によって計算することが一般的です。

事業価値(EV)から株式価値を推定する計算式
株式価値=事業価値(EV)+非事業価値-有利子負債等

⑤手順5.その他の調整

また、その他の調整として、株価の算定にあたりコントロール・プレミアムや非流動性ディスカウントの調整を行うケースがあります。

コントロール・プレミアムは、経営支配権の移転の対価として追加的に上乗せすべきとされる価値のことであり、通常20~30%で設定されます。

非流動性ディスカウントは、非上場企業の株式は、上場企業の株式よりも売買が難しい(非流動性)ため価値を減額するべきとする考え方です。マルチプル法では、類似上場企業のマルチプルが基準となるため、非流動性ディスカウントの考慮はマストといえるでしょう。こちらも通常20~30%で設定されます。

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3.マルチプル法のメリット

客観性が高い

マルチプル法では類似上場企業の数値をもとに計算されるため、数値自体は客観性が高い評価方法です。ただし、類似上場企業の選定自体は恣意性が介入しやすい場面ですので、注意が必要です。

②計算が比較的簡便で直感的

マルチプル法では、DCF法で必要となる資本コストの推計や、将来キャッシュ・フローの見積及び割引計算などの専門的な計算過程が不要です。案件の初期検討段階で大まかに価格目線を形成する場合等に役立ちます。

③将来価値の反映も可能

マルチプル法で使用する類似上場会社の指標は、市場関係者の将来予測を反映して価格形成されています。そのため、当該業種に対する将来の予測価値が反映されていると解釈することも可能です。

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4.マルチプル法のデメリット

「1. マルチプル法とは」において、「類似上場企業の事業価値(または株式価値)が財務数値の◯倍になつている。そうであれば、対象企業財務数値の◯倍が対象企業の事業価値(または株式価値)になるはずだ。」というのがマルチプル法のロジックであると言いました。

これに対して突っ込みを入れたくなる方もいるのではないでしょうか。まさにその通りで、いくつかのデメリットが知られています。

①類似企業がなければ採用できない

マルチプル法は比較対象となる類似企業がなければ採用できません。

評価対象企業と企業規模が似ているといった外形的な理由だけで類似企業を選定すると、評価対象企業の実態とかけ離れ、的外れな評価結果を算定するリスクがあります。

また、類似企業が見つかったとしても、一定の恣意性や主観的判断が介入する余地があるため、前述の類似性判断項目に留意する必要があります。

②株式相場の状況により評価結果が左右される

マルチプル法で株式時価総額を参照する場合、株式相場の状況によって評価結果が左右される可能性があります。

市場の短期変動が大きい場合は、その時点の数値の利用が不適切であると考えられます。より正常な数値とするべく、採用する指標を数年来の平均値に設定したり、マルチプル法以外の評価手法も組み合わせ、株価の短期変動の影響を除去する手当が必要です。

③評価対象企業に固有の事情を評価に反映できない

マルチプル法では、評価対象会社の成長ステージや事業規模など、固有の事情を考慮し評価に反映することは困難です。

固有の事情が企業価値評価に重要な位置を占めると考える場合は、DCF法などによるべきでしょう。DCF法の場合、将来キャッシュ・フローの見積の前提として事業計画を策定しますが、その事業計画に評価対象会社の成長率など個別の要因を反映させることが可能です。

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5.マルチプル法を用いるときのポイント

最後に、メリット・デメリットを踏まえたうえで、マルチプル法を使うときに注意したいポイントをご紹介します。

①類似上場企業を慎重に選定する

マルチプル法においては、類似企業の選定が肝になります。

繰り返しになりますが非常に恣意性の介入する余地のある場面です。不適切な類似企業を選んでしまうと意思決定を誤ってしまいます。類似企業を選定する際は、類似性の判断項目をしっかりと遵守し時間をかけて検討するべきです。

場合によっては、複数社選定し、比較しながら行うのもいいでしょう。

②単独使用は回避

マルチプル法のデメリットにもある通り、評価対象企業の個別要因を評価に反映することができません。案件の初期検討段階ではマルチプル法で十分かもしれませんが、案件の進捗とともに、個別要因を評価に織り込んでいく必要があります。

そのため、DCF法等も適用したうえで最終的な評価額を求めるべきでしょう。

③財務分析で異常値を除外

マルチプル法を適切に計算するためには、企業活動の正常性を見極め、臨時・異常項目を除外する必要があります。

類似上場企業の利益が災害等臨時要因で低くなっている場合、対象会社の評価額も実態よりも低いものになってしまいます。類似上場企業の減益要因を分析し、異常値として除外すべきかどうか判断が求められます。

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まとめ

  • マルチプル法を使って簡単に企業価値の目線が掴める
  • 類似上場会社の選定は恣意性が介入しないように慎重に行おう
  • 最終的には複数の評価手法を比較して評価額を決定する
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おわりに

マルチプル法を適切に利用すれば、素早く価格イメージを掴むことができます。

日頃から類似上場企業のリストを組んでおいて適用マルチプルを把握しておけば、時機を逸することなくベストな意思決定に繋がります。

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この記事を書いた人

齋藤 智之

公認会計士, 税理士

齋藤公認会計士・税理士事務所

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大手監査法人、企業内会計士を経て、政府系再生ファンドにて事業再生、経営改善業務等に従事。現在は独立開業するとともに、公的支援機関にて事業再生関連業務に従事している。

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